はじめにアースエンジェル・ライトワーカー、あなたの出番です!ナチュラルヒーリング&ナチュラルセラピー地球・個人の変容とアセンション新しい地球・新しいスピリチュアル

天使と共に新しいスピリチュアルを。もう昔ながらのスピリチュアルは卒業。

見飽きた。夢は、どんな風にでも在る。
持ち飽きた。明けて暮れても、いつみても、街々の喧噪だ。
知り飽きた。差押えをくらった命。
ああ、『たわ言』と『まぼろし』の群れ。
出発だ。新しい情と響きとへ。

―ランボー

 

私はスピリチュアルは、
「日常に生きてこそ」だと思っていると幾度も書いてきました

「日常に生きてこそ」
「普段の生活や仕事やライフスタイルに自然に浸透してこそ」

スピリチュアルというと、今の日本では2つの主流があるように思う

1.何か壮大で荘厳なことをしなければならないとか
壮大で荘厳なことを考えていなければならない、という固定観念みたいなもの
「愛と光」に生きなければならない
「スピリチュアルだからこうしてはいけない、ああいってはいけない」
「スピリチュアルな人はすべて自然なものでできた製品を使うべき」
「スピリチュアルヒーラーは清貧でお金を儲けてはならず、優しく常に許しに生きているべきもの」
「スピリチュアルなら常に楽観的に考え、どんな人にも愛を与える。だから愛去れる自分にもなれる」

などなど。

スピ系の人たちには一種の凝り固まった「スピならこうだ」という観念があり、
そもそも「観念」から脱却することが目的のスピリチュアルが
固定観念を沢山作り出して自分で自分を縛りあげています

スピリチュアルなんてゲスなんですよ!
スピリチュアルなんてゲスの極み。覚えておいてください。
何度も言っているけど、どうか覚えておいてください。

そう私も、とってもゲスです(笑)
ゲスはやめられない(笑)
とても優等生に何かなろうと思わない
だからサロンも、実践的スピリチュアルの方に移行していっている
優等生的な、愛と光がどうのこうのと問わないし知識じゃない。
もっとおてんばで正直な赤毛のアンみたいなスピリチュアルでありたいから。
それが私のスタイル。

2.スピリチュアル=現世御利益があることをひたすら目指す

スピリチュアルなことにしがみつくしかないから、スピリチュアルにたどり着いた。
表面的にはカッコイイこと偉そうなことを言っているけど、
実は心は傷ついたインナーチャイルド。
実はほしいものは絶対的愛。「人を愛し赦せよ」などと言っているけど、
自分こそ愛が欲しくて欲しくて、それに答えてくれそうだから
スピリチュアルにはまっているだけ。

その他、お金・若さ・豊かさ・恋人・最高の結婚・そのほかもろもろのしあわせなどなども、
「スピリチュアル」を使えば何とか、努力もしないで手に入るような雰囲気があり
しあわせになりたい一心でスピリチュアルにハマる。スピリチュアルを読む。
スピリチュアルパワースポットに行く。スピリチュアル講座に行く。
スピリチュアルヒーラー講座でヒーラーになった気分を味わう。

実は自分のことしか考えていない。現世御利益的スピリチュアル。

 

私はこうしたスピリチュアルを越えていきたい
もっと不良として生きたいし、
もっと不良のスピリチュアルをやりたい。

もっと正直でありたい

私の考えるスピリチュアルは

まず自分が幸せで
自己本位なくらい自分の幸せ求めてて、

自分がキラキラしてて

自分が艶めいていて瑞々しくてピュアで

自分が魂として生きていて

自分が魂に正直で

 

優等生ではなくありのままであること。

そして「スピリチュアル」などという言葉や観念を使わなくとも
知識も理屈も方法論もなく、
ただ自然に「愛」に生きられること

元気に、そして元気はないときも
自分の夢を愛し夢を実現することに情熱を注げること

そう言うことだと思います

そうやって生きられれば
「スピリチュアル」なんて言葉いらないです
正直、もう使いたくないです
ヒーラーも、やめたいです
私はヒーラーじゃなくて、
「じゃじゃ馬のようなガーデナー(天使と仲が良い)」です

まっすぐでいいんです
固定観念なんかありません
こうしなければならないなんてありません

「自分はスピリチュアルだ」と言う人達は
時に本や講演などにドはまりしていて
そこに書いてあることをそのままコピーペーストして生きています
そこに人生の規範を作っている
それは自分から生まれたものじゃない
例えば、バシャールが大好きだから、バシャールの言葉を
全部覚えて本全部買って、
それが「自分の考え」「自分のスピリチュアル」になってしまう

それじゃ説得力ない
そして、それじゃ無理してる
自分じゃないものを、自分の魂からきたものじゃないものを
一生懸命生きようとしているから無理がでてくる

私だって本は夢中になって読んだ時があった
むさぼるように探求したし、探した
自分とは何かと。
バシャールも読んだ
ずいぶん助けられたし今も読み返す
でも、私はバシャールじゃない
それをコピーペーストしようとは思わないし
それをバシャールが望んでいるとも思わない

もしバシャールが真のスピリチュアルなソースからの伝導であるならば
彼だってそれを望まないだろう

正直に生きればいいんです

日本人は一番苦手としていること。
だから人の言ったスピリチュアルにハマりやすい。

 

人の悪口言ったっていいんです
誰だって人間です、嫌だなと思う人の悪口でも言いたいときはある
ストレスたまってしょうがない。
悪意がなければ人の悪口くらい、誰かに聞いてもらいなさいよ
ガマンしてためこんでないで。

人を許せなくていいです
腹が立つ人がいれば、ぜひ文句を言ってください
怒っているなら、ぜひ怒りまくってどなってけなして、
どんなに傷ついたか正直に伝えてください
自分の思うところをガマンせず明らかに伝えてください

許せないことをしたような人は、所詮自分勝手。
そう言う人に、ただ「許しを与えることこそが神の望むこと」などと言っていないで
自分は傷ついたと、はっきり伝えないと、
そう言う人は自分のどういう言動がどう人を傷つけるか
いつまでもわかりません

正直に言わないこと、怒りや悲しみを出さないことは
その人の横暴を野放しにするという意味で
地球の波動を下げています
自分も相手も波動が低いまま。

自分が傷ついたことをはっきり言わないのは
自分を愛していない、自分を大切にしていない、自分を守る力がないということです

それで何が「許し」?

それで愛が実現するの?

それで自分の波動が上がるの?

それがアセンション?

 

もっと正直になろうよ。

だから、前にもブログで書いたけど、

スピリチュアルに生きる決意をしたなら、
ラッパーになるのがいいよ。

ラッパーになりなよ。
正直になれるぜ。

私も一時期クラブでラップしてた
楽しいのなんのって
天使と繋がるラッパーだよ。
前代未聞かい?

ああそうさ。
私はいつもスピリチュアルの既成概念を壊して前進してきた
私はスピリチュアルの世界のアウトローだろうし、
スピリチュアルの中のヒップホップだよ
スピリチュアルに対する反骨精神だよ

 

もうわかった
地球は本当に変わっていっている
波動的にね
すごいエネルギー。
毎日が雷と隕石が1兆個落ちてくるくらいのエネルギーが降り注いでいる
どうりで世界が混乱しているわけだ
どうりで個人が変化しているわけだ

でもこのカオスに、スピリチュアルが「応えられていない」こともわかった
愛だの光だの許しだの言っていたって読んでいたって
温暖化は進み、人間は子供の時から変な顔、変な表情、ヘンなオーラになってる

全世界的にそうなってる
誰もしあわせそうじゃない
そして誰しもが自分こそうまくいっている、幸せだと、虚飾することはやたらうまくなった
インスタグラムはおどろおどろしいのでもう見なくなった
誰しもがそうした虚飾満載の投稿をしている

スピリチュアルは結局何に答えられたのか?
この荒れに荒れた世界で?

だから、わたしは

じゃじゃ馬スピリチュアルを提唱する
スピリチュアルヒップホップを提唱する
赤毛のアン的スピリチュアルを提唱する
そしてそれに生きる

赤毛のアンって、皆に愛されているよね
でも赤毛のアンって、全然いい子じゃないよ(笑)
大人になってからはおとなしくなっちゃったけど、
あれはモンゴメリが本当に書きたかったものじゃなく
社会の要請にこたえたアン。
本当のアンは子供時代と青春時代にある。

アンは正直だ。
思い切り泣く。
思い切り怒る。
怒りのあまりギルバートの頭を石板で殴る…
アンは思い切り喜ぶ。
思い切り苦しみ、
思い切り悲しみ、
思い切り感じ、
思い切り生きている。

こんなに自然な人が今の時代は本当にいない
皆が周りをこそこそ気にして
ただ社会が言った規範の通りに生きて
屈託のない純粋な笑顔を赤ちゃんですら持ってない
そのうちAIの方が純粋になってしまうぜ
だからやばいんだって。

自然、ありのまま、思い切り、正直。
アンのそんな姿は、幼稚園の頃からの憧れ。
やっぱり、スピリチュアルの原点は
赤毛のアンなんだ!

アンはやりたいことをやる
言いたいことを言う
挑戦したいことに乗りかかる
アンは自然を感じる
自然の霊妙さまで感じ入り、
そこにスピリットを感じとる
アンは創造的でクリエイティブだ
アンは間違ったことに黙っちゃいない
アンはでも正義に生きてるし、愛に生きてる

だからアンは時を越えていつまでも愛される

今までは「それがスピリチュアル?」と言われたことを
スピリチュアルに生きていく
本などいらん、知識もいらん。経験だけがものをいうのがスピリチュアルだよ。
だからもっと経験、いや
体感していく。

ガイアがどこにいこうとしているのか?
地球の魂であるガイアが…

天使とさよならじゃなくて、
もっと天使と一体になって体感して体験していく。
本当に天使と生きるとは、その究極は何かと。

植物に触れる
土に触れる
太陽に触れる
愛に触れる
波の音に触れる
バイオリンの音に触れる
誰かの手紙に触れる
甘いスイーツを味わう
草のにおいをかぐ
花の香をかぐ
美しい色に触れる
風に触れる

大地に剣をもって舞い踊りカンフーをやり
歌を口ずさみながら、ドレスを着て、
風にまかせながら、
地球に聴く。

この荒廃した地球、荒廃した社会の中で

私はどうあるべきかと、
魂に聴く
スピリットに聴く。

あなたはどうだろうか?

私はもう信じない
あなた自身が体験し、体感し、経験したことしか。
そこにこそ魂がある

スピリチュアルとは
実践なのだ、行動なのだ、体験なのだ、
体感なのだ、経験の積み重ねなのだ。

誰かに習うことじゃない

あなた自身の体感なのだ

体感が一番大事。
それ、覚えておいて。
そこにこそ魂がいる

さあ、一緒に体で心で感じよう…