地球・個人の変容とアセンション 毎日できるスピリチュアルセルフケア

コロナで変わる、価値観とその他多くのこと

みなさんお元気ですか?

私は全然元気じゃないです笑
そんなことまたまた、ヒーラーを言うことではない、というか絶対に言ってはいけないことです
ヒーラーは多くの人々の期待に応え、いつでも癒しの準備万端で、いつでも輝き、聖なる力によって
聖なるオーラを放っていなければならない。、という社会的バイアスがあるため、そしてそうしていなければ
お客さんも来ない、聖人レベルじゃない、霊的能力なさそう、つまり集客にも失敗すると、ビジネスの立場から考えていくヒーラーさんやサロン営業者はまず考えます

 

たとえコロナであろうと、「元気で癒しの力に満ち、キラキラしているはずの人」
がヒーラーなのです。だからその期待に、本来こたえなければならないのです

だからといって、わざとらしい「空元気」をふるまい、毎回「ポジティブに生きていこう」「ポジティブになってきた」「コロナのおかげで見えてきた、わかってきたことがあってよかった」「コロナのおかげで友人家族親族近隣の人とも、良い関係を築けるようになった」「コロナのおかげで、私輝いているんです!!」
・・・そういう記事を見かけることがあります。少なくとも、空ポジティブ、を演じている。
そうしていなければならないという無意識バイアスのためであり、ほとんどは本心ではないでしょう。

ただ、確かにコロナのおかげで、いろいろ考えられた、自分探しができた、という意見はネットのあちこちそちこしちで見られます。それは事実かもしれません。

ただ、一つ言いたいのは、それはあえて厳しいことを言えば

いかに自分とじっくり対話し、瞑想し、黙想する時間を持てないような
せわしない生活をしてきたか

ということの証を、自ら証明しているようなものです

本来、自己との対話・瞑想・マインドフルネス・黙想・座禅・自己探求などは
魂として当たり前の欲求であり、それは2012年のアセンションつまり大変容のエネルギーが
大量に地球に降り注いだ時から、この地球を丸ごと変えるような凄まじい「愛の」エネルギーは、
私たちの魂にゆさぶりをかけてきました。そして自分の魂を探求するように、対話するように何度も何度も
促すようなエネルギーチャージポイントともいえる日が続きました

満月・新月・半月・春分・秋分・ライオンズゲート・夏至などなどです
チャンスはいくらでもありました

でも多くの人は、働くことや家の切り盛りや近隣との人間関係にもまれて疲れ、
スマホを見てダラダラすごすほうが楽なので、
疲労をとりあえずとることだけを考えて生きてきたと思います

そこでコロナによって、初めて自分を見直した、そういう時間を嫌でも与えられたわけで
実はそのチャンスは今までにもいくらでも宇宙は与えてきたのですが

人々は気づかずにいただけです

ここまで来ないと、つまり命がかかるような事態にでもならないと
人は自分の魂と向き合う時間を持つ勇気を持てないのでしょうか?

そう、こういう真実との直面は勇気がかなりいりますから
そして努力や忍耐、苦しみ悩みも通過しなければならないわけです

だれでも無意識に避けてしまいたくなるのでしょうが、
その一方で、もっと前から自分の魂、自分の魂が本当にやりたいこと、向かっている道、
そして全く新しい人生について考えるという作業を、熱心にやっていた人達もいます

新しい生き方・新しい仕事の仕方・新しい生活スタイル・新しい人間関係・新しい方法やテクノロジー、などが
あるはずだと、魂だけでなく社会レベルで変革を起こそうとした人達も、一定多数いました

そういう人達が、今革新的な社会変革、というより今までとは違ったフェーズに入る地球に
新しさをもたらしていくでしょう

私が新しさをもたらせるとは思っていません。私は革新的ベンチャー企業の社長ではないんで・・

でも私も、かなりずっと昔から魂の存在と呼び掛けに気づき、
瞑想と黙想と意識的に生きることを実践してきました

それが、ヒーラーという今までとは違った道へと導いたのですが・・・

で、何が言いたいかと言うと、
こうして以前から自己探求にいそしんできた人、そういう時間を持ってきた、持つことができた人には、
「コロナによって自分を見つめられた」とかは基本、ないのです
多少の変化や気づきはありますが、
それまで自己努力で見出してきた自分からははるかに小さいインパクトしかありませんでした

もちろん、コロナによっていろいろな気づきと自己探求ができた人をバカにしたり、
遅れてるな、と思っているわけではありません

ただ、今までにもそうしたチャンスはいくらでもあったし、もっと平和的に気づきと自己探求の時代に
入っていくこともできたはずなのです。それを見逃し、そのチャンスの呼びかけに答えてこなかったことで
とうとうコロナという、強硬手段が来ました。これは悲劇でした。悲劇を持ってしか、今だ人は目覚めないのか、
と思うと、悲しい限りです。

これからも、コロナによる沢山の犠牲と悲劇を持って、多くの人あるいは人類は
変化にやっと踏み出していくのでしょう。あまりにも悲しいことです。人の死をもってしか、一番大事なことに気づけない、地球の変化に気づけないということは…ある意味、戦争のようなものです。

私は他のヒーラー同様、ずっと前から、人は変わらなければならない時代が来ている、
そういうエネルギーが超大量にもたらされている、これを無視したら、
落ちるものは低次元に落ちていくだけだと警告してきました

そんな私なので、いわゆる画期的な気づきはコロナによって何ももたらされませんでした
コロナによって拡大した自分や、魂の輝きが増したとは思えません

だから、嘘くさい「コロナだけど元気で~す」的なヒーラーもどきの人
のポジティブ日記をたまに目にするとすごくイライラするのです

ヒーラーは、いかに自分はコロナによって影響されずいいエネルギーを出しているか自慢などしていないで、
もっと、厳しいけど本質的なことをはっきりと言うべき時なのです
その役目は、地球や宇宙の変遷を目で、身体で、スピリチュアルボディで、
スピリチュアルな感性でするどく気づき毎日毎日読み取れるヒーラーしか果たせません
今ここで、多少は厳しいことを言って人々を叱咤激励しないと、
いざワクチンできて、ハイ問題解決、となったら、
また人はすぐ、忘れて夜の街をダラダラと飲み歩く、あるいは仕事や家事その他もろもろのために
考えたりしてられない、といいわけしながら、いそいそとした日常に戻るでしょう
社会システムやテクノロジーの進化は確かに変わるでしょうが、魂レベルでは、
何も考えない人生に戻るでしょう

嫌われてもいいから、そのことに、あえて今釘をさすことが
ほんもののヒーラーのすることであり
欧米のヒーラーたちは、基本「物事ははっきり言う」という社会に生きているので
まさにそのようなことをしています

さて、私にはコロナによって何ら気づきと成長のためのいい時間、良い意味での考える時間は
ありませんでした。むしろ、気づきと黙想はいいから、やるべきことをやるための計画を実行するのが今年の
目標でした。もっとアクティブになる時だったのです。仕事内容にしろ、ガーデン計画にせよ。

しかしそれが皆ストップし、考えなくてもいいことを考える余計な時間が増えました
瞑想も、コロナの時に限って時間はたっぷりあっても、まったく集中できないです
本も、沢山読むものがるのに、ちっとも進みません
私は、計画を動かしたい、それだけでした
それは決していいことではありませんでした

だから、自己を見出す良い時間などは、なかったのです

ただ、コロナによってわかったこともありました
1.社会は、働きすぎによって全体的にすごく疲弊疲労している
これでは、スピリチュアルな気づきと成長、才能開花などとは、
言っていられないし、そんなことに着手できない。だから、地球の変容に
人々がついてこれなかったのは、彼らがバカとか鈍感とかだからではなく

(確かにおそろしく鈍感な人も沢山いますが)、社会システムにいやおうなく
合わせなければ生きていけないことそのものに原因があるのではないか?

2.コロナによって、ほとんどの企業や業種職種は経済的打撃を受けている。その傾向は
かなり長く続くだろう。多くの人があっという間に経済的に困窮し、倒産や、その危機に
ある。大企業でさえそうである。この状況を見る限り、人間の作ってきた経済は、うまく機能
してきたようで、非常に脆弱なものであることがわかった。何かあれば、あっという間に経済的に困るか、
最低の場合つぶれる。ということは、実は私たちが購入しているものの大多数は、実はあってもなくても
生きていけるものだということじゃないか!!

 

3.コロナによって、皆が同じ状況にいるわけではなく、連帯は非常に難しい。

特に経済的な格差は完全に露呈した。人によって、その人の生活環境や感情、貯蓄、資産、仕事、給料、職種は違う。つまり生まれ持った宿命からして違うのだから、当然苦しみ悩みの度合いも違う。家族構成なども家計に大いに影響する。おお金持ちの一人っ子と、貧乏で失職した大家族の子供では、今後しばらく人生自体がまったく違うものになる。それは大人になってもつづく格差だろう。(放っておけば)

 

4.私は、「コロナだからみんなで頑張ろう」歌やダンスやパフォーマンスが大嫌いである。
それを見ると背筋が寒くなる。それがあまりに偽善に見えるからだ。
それは、私の震災体験によっている。私の故郷は被災地だ。私も大打撃をこうむった。

悲惨な人がいっぱいいた。いまだ、震災でいかに人々が苦しんだかは、ちゃんと報道されていない。

その中で、芸能人がこぞってやってきては、歌ったり踊ったり、偉そうに、「まあ、こんな時ですけどね、
一緒に頑張りましょう!」という寒さを沢山見てきた。それを見て人々は感動し涙を流したようにテレビは放送していたが、少なくとも私の周りでそれに感動したり感謝したりしている人は、1人もいなかった。

本当の苦しみもわからないのに、巨大スポンサーの後援で、巨大なステッカーをはった車がぞくぞくやってきては
偉そうに苦しみを共有しようというのは、正直騒音でしかなかった。そして誰もかれもが半分宣伝のためにやっていることはわかっていた。だから仙台では、それを揶揄するラップが流行ったぐらいである。
「来るんじゃねえ偽善者め。お前らのすることなんか何の役にもやってない」みたいな歌詞だったが
若者たちはそれでうっぷんをはらしていたことを、世間は知らない。

苦しみは分かち合うことはできない、同じ苦しみを知るものでなければ。
世界では簡単に連帯と協調と世界的な友情の大切さを語る。
でも実際には、経済的にも心理的にも分断が強まっている。
経済的な格差があれば、正直仲良くはなれない。
優雅に暮らしているものと、明日のコメにも困る人が、何を話すのか?
コロナは、私たちの心のディスタンスを完璧つくってしまった

つまり、今までにはなかったような大規模な「経済格差による連帯と友情の亀裂」が起きているということ。

私も、完全に失職し、かつ資産や貯蓄もない友人たちと疎遠になりつつある。
付き合いが亡くなった人たちもいる。

彼らは一概にイライラしていて、感情爆発をし、日に日に目つきが悪くなっていった。
私は男友達が多いから、暴力的になっていく輩たちも見た。
これが、日本中を困らせているコロナDVなのかな。と思うこともあった。

その一方で、お金を持っている人は自分の余裕を自慢していた。
これでは、今後も友達でいたい、なんて思わないだろう。

確かに、まず今一番心情安定しているのは、資産を持っている人だと思う。
いちばん安定しているのは、種類にもよるが、
お金より仕事より貯蓄より資産だ。資産は大きい価値と安心の土台になる

だから逆に、一番グラグラしているのは資産が何もない人だ
資産がなく、かつ今減給とか失職とか言うと…もう人にも会いたくなくなるだろう

こういうことは、震災の時にも確かに起きていた
他県では知らないが、私たちの身には起きていた

 

私もそういう意味では井の中の蛙大海を知らず、である
先祖が資産家だったから、ずっと資産一族であり、
仕事がなくても生きていけるのだ

なんだかんだ言って、だからサロンも、
人にへこへこしたり迎合するのではなく自由に運営できる
もちろん、遊んで暮らそうとは思わない
でも、安心があるのは事実だ
こんな時期でも
ハイブランドのジュエリーが欲しい自分がいる
やばい奴だなと思いつつ、それが余裕なんだなと思う

そういう人間は、今コロナで大変な人々からは当然嫌われる
私はそういう事情など言わないけど、人は雰囲気とか言葉の端々でわかるようだ

 

それでも、私だってすごく大変な思いをしている
こういう時代、スピリチュアルなんか後回しに決まっているし、
友人が本当に減ったからだ。友人と合わなくなってきている。
生きている状況が違うからだ。
それは直接命に関係ないじゃないかと言われるかもしれないけど
友人はどれほど私にとって大事か!!

毎日、誰かに電話しないとすまないほど寂しがり屋だ
だけど、電話などのんびりしていられない人もいる

(これは国籍に関係がない。震災と違って、地域が限定されることではなく、
世界的レベルで友情が亀裂していく時代である)

今までのように、元気に、楽しく、わいわいと、女子会など、できない
今度女子会をするけど、そのメンバーもそれぞれ困っている
はたして、どうなるか?

でもそのメンバーは、皆それぞれ悩みを持ちながらも、
とにかく言いたいことを言う、正直な仲間なので、
安心している。
こういう時は、何より

正直な友達に救われる
着飾ったり、無理して元気にしたり、
プライドで本心を言えない人や
思いやりなく金のある話をとうとうとする人とは
距離を置こう

とにかく、友情の決裂と、友人との「ほんとのディスタンス」は
私には一番つらい。何より辛い。彼氏に会えないより辛い。
私には、友達がどれほど大事か。
だから、いろいろな活動をやってきたのだ
すべては、友情を沢山もつために。

でも、こういう事情により、人々の関係はぎくしゃくし、
本当のことを言えない間柄になり、人は自分から去り、
自分も人から去るようになる。

つまり、言い方を変えれば、コロナによる人間関係断捨離でもある
それは、物質の買い物でも同じだったと先に書いた
沢山の会社がつぶれるらしいが、
そもそも、その会社の売っていたものが、
本当に魂の滋養になるような豊かな、素敵な、素晴らしい、
幸せを呼び込む、必需品だったのかどうか?
要らないものなど沢山ある。だから会社はつぶれる。
家や近くの良心的なレストランで食事できるだけで十分だ。だからレストランはつぶれる。
どうしようもない音楽が騒音のようになっている。だからCDも売れないし、mp3ももはややばい。

ただ、モノとは違って、人と人とは、本来は魂レベルでより理解しあい、
出会い、理解しあい、ぶつかり合い、喧嘩しあい、それでまた理解しあい、
愛し合っていかなければいけない時代でもある
それが、地球の波動を何よりもあげるし、平和のエネルギーを生み出す

今は社会が、ギスギス、ギスギスと音をたてるように
緊張感と猜疑心と距離間とイライラでいっぱいだ

 

今年になってから、大天使チャミュエルのエネルギーを受け取ることが多くなっていた
チャミュエル大特別セッションでもやろうかと思ったほどに。

でも、その理由はわかった

それは、人と人とが離れていく、理解しあえない、苦しみによって
いらぬ喧嘩や諍いを生む、孤立する、孤独を感じる、心から話せる人がいない、
考え方の違いでトラブル、経済的な格差で距離感。
そういうことが起こることを、チャミュエルはわかっていて
私のハートも傷つくことを知っていて、
ピンク色の愛の光をずっと送り続けていたのだと思う

今、人類に必要なものは
ピンクの光線なのではないかと思う

少なくとも、ピンク色は私たちを愛に向かわせてくれる
スピリチュアルなことが苦手な人も、せめて、ピンク色を多用することを
お勧めしたいです

 

 

 

 

You may also like...