良いヒーラー/セラピストの見つけ方・出会い方

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スピリチュアルジプシーにならないために

groove for new earthブログでも書いたものですが、ヒーリングワークを受ける人、
ヒーラーやセラピストを探している人たちに何かの役に立つかもしれないので
こちらにも載せます★

一国の首相の奥様が自らスピリチュアルであると公言しているくらい
最近、というか2000年代に入ってからスピリチュアルな分野というのは
よほど古い時代の人達以外からは攻撃されることもなくなり、
一般的な、広く普及した1ジャンルとなっています

よほどのニューエイジ的な内容に関してはまだ一部の人だけが好むものですが、
スピリチュアルというのはあらゆる活動やサービスに結びつくようになりました

そんな中で、ますます新しく、そして強大なエネルギーが地球に
流入する中で、社会は混沌として、人々も自分の揺さぶりをなんとかしたい、
自分の中に癒さなければならないものがある、魂の目的を生きたい!という気持ちが強まり
日ごとそういう人が増え、スピリチュアルなヒーリングやコーチングなど、様々なサービスと
それを提供する人も増えています

そしてヒーラーもたくさんいます

しかしそんな中で、いろいろ試しているのに、いろんなヒーラーやセラピストに出会ったのに
ちっともいい人に巡り合わない・・・
なんだかしっくりこない
あのヒーラーも、このヒーラーも、結局満足できない
あのヒーリングも胡散臭いし、あれもこれもやったけど、何も変わらない 

何にもならず、結局だまされたのか?

などなど、いろいろな疑問やトラブルが出ていることを知っていますし
それに嫌気がさして、ヒーラーのもとを去り、スピリチュアルも大嫌いになって
すっかり放棄してしまう人もいます

よくいう、スピリチュアルジプシーになってしまうんですね

そこで、自分に合った良いヒーラー/セラピストとの出会い方を
私なりの意見でお伝えします

ヒーラーなんて”ゲスの極み”

いつも言っていることですが、ヒーラーやセラピスト、カウンセラー、コーチング教師、
ティチャー、プラクティショナー、などという肩書を持っている人を
一方的に「無条件の愛をくれる、素晴らしい人」と理想化しないことが大事です

ヒーラーなんて、所詮「ゲスの極み」くらいに思っていたほうがいいでしょう

私もスピリチュアル探求の初心者だったころは、こうした肩書を持っている人たちは
人々に奉仕し、絶対的な愛を持ち、多少のことで怒らず、いつも親切で温かく・・・というイメージを
持っていましたし、そういう理想の存在で「なければならない人たち」なんだと
かたくなに思っていました

だから、いろんなヒーラーやセラピストの「ダメなところ」「がっかりするところ」「好きになれないところ」
「思ったより不親切なところ」などを見つけるととたんに嫌になり、
「誰かほかの、もっと”本物の”ヒーラーはいないか」
と思い始めて検索などをしていました

しかし、ヒーラーというものになると決めて
(厳密には自分のことをヒーラーとは思っていません
ヒーラーとは、その人本人だから。
私は、あえていえば魂の目的を生きてる人、でしょうか)、
先生のもとで学んだり、多くのスピリチュアルなサービスの実践者と

付き合いが出来てくるにつれて、自分のその考えは間違っていたと分かりました

私の先生たちは、アメリカ、カナダ、イギリスなどの海外の人たちですが、
欧米暮らしが長い方ならわかると思いますが、往々にして彼らは
日本人よりずっとルーズでいい加減です
そして、気まぐれで、結構自分勝手に主張し、自分を押し通します
日本人のような細やかさなどなく、特に親切でもなく、「おもてなし」などとんでもありません

彼らはいくらヒーラーやセラピストでも、そういうおもてなし配慮などとは無縁です

自分がやりたいようにしか、基本やりません

私の先生たちは、基本みなそうでした

でも、ある意味では、本当の愛にあふれていました

つまり、自分の持てる能力をいかんなく発揮して、この世で活用したいという情熱と
才能を持っていましたし、迫力と高貴さがありました
だから、私は着いて行ったのです

先生たちは、ことごとく私の、「ヒーラーなら、こちらの要望を優しく効いてくれて、愛をいつでもくれる」
などという期待を破りました

例えば、突然セッションをやめる、キャンセル、遅延、失敗、サロン閉鎖、メールにいつまでも返事がない、
同じことを質問すると怒る、適当な態度をとる、突然1年も休養する・・・・などなど
彼らのいい加減で、自分を中心にしたやり方にはほとほと参ることがありました

彼らは、基本自分の魂・スピリット・心の声に従って生きています
自分のすることも、何をしないかも、魂によって選択しています
それは周りには冷たいと感じられたり、自分勝手に見えたりするかもしれません
とくに、「おもてなし」や、「顧客満足度ナンバーワン」を競うこと、それをヒーリングの世界にまで
求めようとする人が多い日本では、その生き方では非難は予測できることです

しかしスピリットに従う生き方は、勝手に見えてもその分正直で、自由で、解放された魂であるともいえます
そういう解放された魂にこそ、聖なるエネルギーは潤沢に注がれるものです

逆に、いつも「顧客満足度」や周りの反応、周りへの細やかな気配りにばかり
気を使っている人は、キャビンアテンダントなどのサービスビジネスでは優秀で
いられるかもしれませんが、スピリチュアルという非常に特殊な、霊的な広大な世界を
扱う分野では、周りに気を配りすぎる時点で疲れてしまい、
一番大事な部分で実力を出し切れない、そのダイナミックな能力にまで到達できない、
ということが起こるのです

私の先生たちから学んだこと
~本物のヒーラーは自分の魂に従う自由な人たち

私は先生たちと付き合う中、最初はとまどったり怒ったりしていましたが
しかし、慣れてしまいました

今まで、日本のサロンで「おもてなし」的な態度で迎えられても、その一方で
何か物足りなさを感じていました
優しく接するからセラピスト、無理してでも「お客様のために」
的な日本人のイメージ通りの自称スピリチュアルヒーラーたちでも
何か自分の求めるスピリチュアルな気迫には欠けていたのです

一方、先にも書いた通り、私の海外の先生たちは、やりたい放題なのに
本当に高次の世界と繋がっているという、霊的な迫力と本当の”愛”がありました

日本でいわゆるヒーリングセッションを受けても、
お決まりの文句、お決まりのアファメーション、お決まりのサロン、お決まりのアロマテラピーの香り・・
日本人は横並び意識が強いですが、どこで誰に合っても、何か同じ雰囲気があり
聖なるものと、どっしりと結びついている、聖なる「音」が聞こえてこなかったのです

一方、海外先生たちは確かに細かいことにはルーズで、ちょっとこっちががっかりするような態度もとりましたが
その代わりに、やることはすごいもの、本格的な、重厚なものだと心と体で感じられました

やっていることが皆、すごく個性があり、その人にしかないものでした
だから、その人が、高次の自分や天使や源と繋がっているということは
その人のやっていることの独自性と個性、聖なるそこにしかない魂の「音」でわかると思います

うわべだけの”スピリチュアル”ではなかったのです

そして、彼らは確かに親切さには欠けるけれども、本質的には愛があり
私に対して一生懸命で、熱心で、自分のやっていることを愛していました
自分の提供するサービスを愛し、誇っていて堂々としていました

彼らは自分の魂に従っていました
お客さんやクライアントさんにヘコヘコすることもなく
去っていくクライアントのことなど気にもとめず
ただ自分のやっていることを必要としてくれる人に正直で
まっすぐでした
「客商売」としではなく、生き方も接し方も、自然で、自由で、そしてお客さんの顔色に従うのではなく、
自分の魂に従っていました

これが、本物のヒーラーになるには必要なところなのです
特に日本人は、「お客様は神様だ」という言葉がまかり通るくらいで、
しかも多く人が人の顔色を窺って生きています

私は日本人のヒーラーがダメだとか、おもてなしが得意なヒーラーは本物じゃないなどと
決めつけているわけでは決してありません

しかし、傾向として、日本人は周りを気にしすぎ、周囲の反応を気にしすぎ、
他のヒーラーのやり方に横並びしすぎる傾向があることは、どうしても
認めざるを得ません
スピリチュアルな分野においても、日本人はどこかで個としてのありのままである、
ということを抑圧してしまう結果、だと思います

よって、人に親切に、細やかさいっぱいのサロンは作れても
ダイナミックでその人にしかないパワーを出すことは、不得手だったりするのです

「お客様は神様」「顧客満足度第一位を目指す」に慣れている
日本人には許しがたいところかもしれませんが
本物のヒーラーたちは、人のご機嫌うかがいなどしません
嫌われようが、自分の魂の声に従います
その正直さが、高次のエネルギーを引き付けます
高次のエネルギーを引き付ける人は、気に入られるために、
へこへこ人に優しくしてじつは
へとへとになっているような人ではありません
ヒーラーやスピリチュアルな実践者は、そうであっては本当の実力は
出てこないのです

無条件の愛を履き違えないと良いヒーラーに出会える

誰に何を言われようとも、自分の魂に従う、ということが自然にできなければ・・・
スピリチュアル=自然・自然体ですから

その思いが結果として、他の人に多少不親切だと思われることも、気まぐれだと思われることがあっても
魂の言う道に従うのです、その時々で、素直に。

それで、お客さん扱いされ、「無条件の愛」の意味をはき違えた人々が、
去って言っても、そんなことは気にしないのです

魂にしたがってやるべきことをしていれば、
言うべきことをありのままに伝えていれば、
ちゃんとその時々出会うべき人に出会っていく
と知っているからです
私の先生たちは、皆そういう人たちでした

そういうわけで、私は先生たちを見ていろいろ学びました

無条件の愛とは、人のわがままを聞いてあげたり、完璧にいつでも親切にすること、
甘やかしちやほやしたりやさしさたっぷりでいることではありません

それは、お互いの魂の自由を認め合うことです

無条件の愛とは、無条件のおもてなしではありません
その辺を、まだはき違えている人、傷ついているから
特別優しくしてくれる人を、特別生まれ変わらせてくれる人を探して
ジプシーになっている人、まだまだ多いです

しかし魂を生きることが出来る人が、真の力強いスピリチュアルパワーの
導管になれるのだということを私は学びました

だから先生たちに出会ってからは、ヒーラーやスピリチュアル実践者たちの
「ちょっとしたがっかり」、「ちょっとしたゲス」??には目をつぶるようになりました

誰かを理想のヒーラーととらえ、自分の思うようにしてくれるはずと期待すると
いつまでたっても、本当に自分に合ったいいヒーラーや、いいヒーリングセッションには
出会えないと思った方がいいです

ヒーラーのちょっとした失言や失敗やいい加減さなどは、寛容に受け止めてあげた方がいいです

これはヒーラーとして自分や他のヒーラーを擁護しているのではなく
私が「クライアント」として体験し、クライアント・生徒として思うことです

断言しますが、誰か特別にやさしく、わがままを聞いてくれて、いつも態度が良くて、いつも思うような答えをくれる、
そんな人(ヒーラー・セラピスト)を探し続けていると、どの人もあの人もこの人もいずれは嫌になり、「キライ」になります

人はだれでも、完璧ではないからです
最初は何か満足したり、「この人こそ、私を受けとめてくれる人だ!」と感激したり、
しばらくの間、蜜月が続いたりするかもしれません

しかし、いつかは期待が依存になって、別れが来ます
ヒーラーやセラピストも、依存傾向のある人ののしかかるようなエネルギーに参ってしまいます

そして、人の不完全さを許せないのは、結局自分の不完全さを嫌っていることでもあるので
誰にどんなヒーリングを受けようとも、結局いい成果は得られないのです

だから、スピリチュアルジプシーになってしまい、さまよってしまうのです

良いヒーラーとの出会い方

特定のヒーラーが本当に嫌になる時というのは
その人が本当に人間として、人の尊厳を踏みにじるようなことをしたときだけです

例えば、昔私はセラピストが自分が受けているセッションを
無断で録音していることに気づきました
すごく嫌でした

たまたま機材を見て気づいたのですが、これって、いけないことですよね?
犯罪に・・・なってもおかしくはない

こういうことは、許さなくていいと思います

尊厳を傷つけるようなことを言われたり、セクハラ、パワハラなどがあったりした場合は、
堂々とその場を蹴って、その人の前を去っていいと思います

でもそれ以外のこまごましたことで
いちいちあれもこれも不満足部分をみつけてヒーラーやセラピストが嫌になるのは、
自分の中の理想が崩れたことに対する怒りなのです

★完璧な人を探すのではなく、気の合う人を探してください

この人になら、正直な言葉を話せるなという人
この人は、正直に言葉を話してくれるなという人。

★失敗しない人、いつも優しい人、望む言葉をかけてくれる人ではなく、”誠実な人”を探してください
正直、いつも優しい人などいません
いつも優しく温かいふりを一生懸命に演じている「ヒーラー」はいますが・・・
誠実な人は、いつでも正直です

★間違った無条件の愛を欲しがるのではなく、間違った無条件の愛を装う人を探すのでもなく
源からくる本当の愛のエネルギーと繋がっている人を探してください

そういう人はダイナミックで、それゆえに細かくないのでどこかいい加減かもしれませんが
エネルギッシュで、自然体で、嘘がなく、豪快で、そしてどこか「本物」を感じさせる
貫禄があります、そういう人は、独自のエネルギ₋を持ち、どこか自然なカリスマ性があって、
やっていることが、その人本来で個性的です

★そして、いいヒーラーに出会いたいならば、ヒーラーから信頼される人になってください
人はいつでも、自分を救い助けてくれる人を探し、「誰だったら信頼できるか、愛をくれるか」
という目線でスピリチュアリストを探す傾向があります

そこには、では相手には自分は信頼に足る人間だろうかという視点はありません

しかし、ヒーラーから本当に最高のものを引き出すには、
ヒーラーもまた、クライアントさんを「信頼」して安心できるということが大事なのです

だから、いいヒーラーに出会ったら、私はまずその人といい関係を創るよう自分から努力します
人と人との、いい関係を作っていくんだという気持ちが両者にないと、
一方的にもらうばかり、期待するばかりの人には正直、ヒーラーはやりにくいものです

ヒーラーがちょっとでも「この人嫌だな」と思ったら、最高のセッションにはなりません
正直に言いますが、そういうものです
ヒーラーだってただの人間なのですから

だから私は、自分の先生のセッションを受ける時は、彼らに感謝し、
彼らが気持ちよく仕事できるように心配りしています

それが結局自分のためなのです
自分が最高のセッションを受けて最高のものを手にしたいなら、
ヒーラーにもまた優しく接してください
繰り返しますが、それが結局自分のためなのです

それは嫌だ、金を払っているのはこっちだぞ、という方は
どうぞいつでもラグジュアリーな思いをさせてくれる「エステサロン」で癒されてください
スピリチュアルのセッションのサロンとエステサロンでは
基本的に本質が、与えるもの、やり取りの本質が違います

スピリチュアルなセッションは基本、自分が気持ちよくしてもらうための場ではなく
自分の本質とヒーラーの本質、そして宇宙の本質との出会いの場なのです

私はこの人の行っていることを通して、本当の自分と、今まで気づかなかった自分と、
そして宇宙と、高次の存在と、高次の自分と、出会うんだな・・・
そういう気持ちでいてください

そのヒーラー/セラピスト/カウンセラーが、世間でいう「優しく受け止めてくれる、ラグジュアリー気分に
いい気分にさせてくれる、やさしいお母さん的な人かどうか」「ここは顧客満足度は高いか」ではなく

素直に、この人を通じてだったら、自分は自分のハート・真実・宇宙と繋がれる、
そういう機会を持てるだろうという意気込みでいれば
間違った期待をすることなく、自分に合ったヒーラーが見つかるでしょう

ヒーラーとの関係がうまくいかなくなったら・・・

また、ヒーラーとの関係が途中でうまくいかなくなると、
今までのセッションもチャラになってしまうことは覚悟してください

というのも、すべては「今」にあるからです

例えたくさんのセッションを受けても、今現在あるヒーラーとの間に憎しみなどが
出てきてしまった場合、「今」の時点では過去に受けたセッション
のエネルギーも変わってしまい意味のないものになってしまいます

だから、誰かヒーラーとの関係を終わらせる時は、出来るだけ穏便に、
気持ちよく分かれられるようにしてください

「ああ、今回もダメだった、嫌な奴だったな。やっぱりそうだったか。
私の要望は聞いてくれなかった。なに、あの態度、むかつく」
とかそういう気持ちで去ると、残るのはたとえ今までのセッションが良かったとしても
「むかつく」といういや~なエネルギーだけです

今まで受けたワークを善きものとして通過するためにも
例え「もう嫌になったからこのヒーラーのもとは離れよう」と決めた時には
許しのエネルギーを使って、何か聖なる意味があるのだと信じて
穏便に離れていくことをお勧めします

そして、また「ああ、いい人いないかな。私を変えてくれる、人生を変えてくれるいい人」
と言って探し、落胆だけが残ったまま、次のためにお金と時間をかけていくのです

腹が立つことがあっても、そのヒーラー・セラピストと
仲良くやっていきたいと思うならば、
正直に自分の気持ちを話してください
「あれは嫌でした」「ああ言ったのはどうしてですか?」
難しいですが、そうするより、関係性を善くする方法はないです

私も先生たちに、はっきり言ってきました
そういう意味では、はっきり言う関係を持ちやすい欧米のほうが
真のスピリチュアルヒーリングは成立しやすいと思います

ヒーラーであることの大事な条件はとにかく、はっきり伝えるべきことを
伝えることです
これが日本人の苦手なことなんですが、
それでも真のヒーラーはそういう性質を持っています

だから誰かヒーラーに「はっきり」バシっと言われてしまったと傷つかずに
自分もまた、はっきりものを伝えてください
その人が本物なら、ちゃんと聞いてくれるでしょう
(もちろん、お互い言い方も大事です、怒り任せのいい方はやめましょう)

そして、相性の良いヒーラーは自分の努力によって「出来上がってくる」もので
探していれば理想の人が見つかるわけではないこと、繰り返しますが、お伝えします

本当に良いセッションがいくつも生まれるような場合っていうのは
ヒーラーとクライアントが信頼しあい、そういう良いエネルギー場を作っているからなのですね
それには、両者の気持ちが必要です

相性の良いヒーラー、そういう人に巡りあうことは、なかなかないです

正直、これだけヒーリングサロンがあっても
自分にあったセッションや講座をやっている人に出会うのは
めったにないことです

皆さんもそれは知っていると思います

それは、いい歯医者さんに出会うのが難しいのと同じ
お気に入りの美容室を見つけ出すのと同じ
親友を見つけるのが難しいのと同じ…です

繰り返しますが、

スピリチュアルな分野で高額を使い、セッションや講座をいっぱい受けたけど
何にもならず嫌な気持ちにさえなった、結局だまされたのか?

 

スピリチュアルなんて、もういい加減うんざりだ
信頼できず、どの人にも満足できない

と思う時、
真に自分の魂に従っている人を見つけてください