ヒーラーとお金の関係~なぜスピリチュアルなものは、有料なのか?

お金とスピリチュアルな生き方は、相反しない

ヒーラーとお金の関係はいつでも難しいものです。なぜならとりわけこのスピリチュアルな分野というのは、お金についてセンシティブな人もまだ多く、スピリチュアルな事柄でお金を稼ぐ、ということが良いことではないという意識を持っている人も多いためです。

私もスピリチュアルなことに関心を持つようになった初めのころは、よくそう思っていました。「愛と光と平和のためにこれを使命として生きてます」なんて言っているヒーラーとかセラピスト、カウンセラーなどの人々が、結局は高い料金を要求してくる、高額を出さなければセッションが受けられない。そもそも、「値段」がついていること自体がおかしい。「スピリチュアルなんでしょ?無条件の愛なんでしょ?だったら、本当は無料でやらなければならないんじゃないの?なぜお金をとるの?なぜ稼ごうとするの?」などなどと、頭の中では思っていました。それでもスピリチュアルなセッションや商品というのは一般的に高額なものが多いです。なのでほしいがため、受けたいがために、高額でも我慢して思い切ってお金を払ってきました。

ただ、私がスピリチュアルな歩みを進めて、いろいろ読んだり聴いたり人に出会ったり、自分の霊的能力を何とかしようと人から沢山のことを学んで色んな先生に出会ったり、とうとう自分がヒーラーという仕事を始めるようになってからは、スピリチュアルとお金、ということへの意識は変わっていきました。激変したといってもいいでしょう。

まず、お金とスピリチュアルとは、まったく相反するものではないということを理解しました。お金は、誰かがしてくれたことに対する対価であり、対価でしかない、ということを理解できるようになりました。つまりヒーラーやセラピストがそのセッションのために使ってくれている時間・労力・努力などのすべてに対しての、対価。彼らが私のために使ってくれたエネルギーに対して私はお金というかたちでエネルギーを返しているだけだということです。それ以上でも以下でもありません。

ことスピリチュアルに健全でいるためには、エネルギーの交換をきちんとしてバランスさせなければならないことも分かるようになりました。そういうとよく、スピリチュアルでお金をとるべきではない、と考えている人々は「またそれか。また”お金もエネルギー”とか言い出した」と揶揄してくるのですが、本当にこれは大事なことなのです。お金もエネルギーであり、そしてヒーラーがそのセッションのために出してくれたエネルギーへのバランスをとるためにはお金という形でエネルギーを返すのが一番ストレートで良いのです。

 

物々交換でもいいけれど、実は一番簡単なのが料金制なのだ

エネルギーの交換は、本当は地域通貨でもいいし物々交換でも、サービス交換でもいいのです。エネルギーをきちんと交換して、お互いにバランスを取ることができるならば。けれども、実際には地域通貨は一時とても注目されましたが、あまりうまく機能しているわけではありません。また、物々交換というのはお互いの求めるものが適合しないといけないのでお金よりもっと難しいものです。例えば私に、お金の代わりにフラダンス1万円分のレッスンをしてくれるというならば、私は喜んでその交換を選びます。でも、大根を100本くれると言われても、返って困ります。私だって大根は沢山育てることができるし、収穫がありすぎてあげているくらいですから・・・
その一方、お金は、もらった方が何にでも使うことができる自由があります。私はお金の一番の価値は、この「選択肢を人に与える」ことだと思っています。お金をエネルギーとしてもらったならば、私はそれを何に使うかその時に合わせて選ぶことができます。

言われつくされてきたことですが、エネルギーの交換はスピリチュアルなバランスをとるためにとても大切です。もらうばかりだけでは、与えてもらうばかりだけでは、やはりそれはただの依存であり、もらいすぎると、カルマをうむでしょう。エネルギーはバランスを求めるものなのです。人間関係で言えば、どちらかが与えるだけでも、与えられるだけでもやはり、いつかは関係は破綻してしまいます。それは普段の関係でもそうです。友達でも、重くて深刻な悩みばかりどちらかが聞かされつづけると、それを受け取る方はエネルギーを吸い取られる一方で枯渇していきます。だからと言って友達から「お金」をもらうわけにはいきません。だから友達の場合は、エネルギーバランスをとりたいときは、まずは「ありがとう」という感謝をことあるごとに伝えることでエネルギーを返します。必ずありがとう、と返してください。そしてちょっと時にはサプライズプレゼントをあげるとか、やさしくこちらからも手助けするとかして返してください。それでエネルギーをバランスさせることができます。

スピリチュアルな人は、お金に神経質になりすぎないことが大事

それでもやはり、スピリチュアルなことにお金がかかるということに疑問や反発を持つ人もいるかと思います。それを理解した行けれど、理解できないとか、お金を要求されると幻滅してしまうとか、「愛と光」だと思えないとか…そういう方もいると思います。特に日本人は、世界一といえるくらいお金=不浄という意識が強いです。欧米人はもっとドライです。だからヒーリングセッションにも、気遣いもなく堂々とお金を請求し、お金を得ることを当たり前という態度で出ます。日本のヒーラーは申し訳なさそうで、よく「10000円」を「10000縁」とか書いている方を見かけますが、それもお金に対する自分自身の抵抗と、本当はスピリチュアルなことでお金はとってはいけないのでは、という迷いを私は感じずにいられません。

私も最初は欧米の先生たちが、当たり前のようにペイパルやカード決済でお金を請求してくることに、違和感や抵抗を感じたものです。そしてさすがアメリカはビジネス主義なんだな、と思ったりもしました。でも、先ほども言ったようにエネルギーは交換してバランスさせてこそ良いエネルギー循環が起こるので、当たり前といえば当たり前と言う意識に私は変わり、今ではなんとも思いません。

昔と今の社会構造の違いが、「お金とスピリチュアル」の関係を変えた

確かに、スピリチュアルなことというのは古来から無償で与えるもの、というイメージがあったと思います。けれどもそれは資本主義貨幣経済が成り立つ以前に作られた信念で、今は人々の生活システムがあまりにも変わっています。昔は、ヒーリングや癒し、スピリチュアルな聖なることをもたらす人々は無償でそれを行ってきました。彼らは神官や僧侶や森の中に住む魔女や薬師と言われる人々でした。

確かに彼らはお金をもらうことはなかったかもしれません。「料金制度」などなかったでしょう。けれどもそれがなくても生きていける経済システムの中に生きていたのです。古代や中世や近世くらいまでは、しっかりとコミュニティでの助け合いが存在していました。そして物々交換が主流でした。自給自足も主流で、食べるものや住む場所は自分たちで作れるものですませていたのでお金は必要ありませんでした。それよりも、コミュニティの中にしっかりと根付くことでその地位を確立し、人から信頼され、尊敬される立場にあった昔のヒーラーはあらゆる側面からの「人助け」によってその生計と生活を支えられていたはずです。だから、昔のヒーラーはお金を「稼ぐ」ことはしなくても尊敬や地位というコミュニティの中での存在価値によって、「生活そのものを稼ぐ」、というか、生活を成り立たせていたのだと思います。

今は時代があまりにも変わりました。すべてのことがお金で決済されるようになり、お金で購入することで生活が成り立つようになり、コミュニティの中での機能は希薄になりました。自給自足もやろうとすれば正直なところ、ヒッピーのような生活になります。昔の無償でヒーリングしていたヒーラーの時代と今の資本主義どっぷりの世界ではあまりにも生活体系が違いすぎるのです。にもかかわらず人々の意識だけは、中世のままです。中世に僧院の人たちがやっていたように、お金をとらずに無償の愛で癒しを行うことが正しい、お金はやはり不浄だ、という意識が、まだ程度の差はあれどこの国にも存在します。だから、ヒーラーは常に「お金などとりやがって」と2チャンなどで批判される的になっているのです。

人々が、スピリチュアルな神聖なことにはお金がかからないはずだ、本物はお金をとらないはずだ、という意識はあまりにも根深く、また中世などの大昔の偉人聖人のしたことが大きく尊敬されます。僧院にいる僧侶たちは、確かに無償で癒しを施したかもしれません。けれども、その代りに生活の糧を何らかのかたちでコミュニティからもらってきたはずです。つまりエネルギーの交換は成り立っていたのです。今でもそのシステムが機能しているイタリアの村を見たことがあります。教会の僧侶は地域のために働き、人々のために祈り、祈りの生活をしていました。それに対する敬意を表して、村の人々は定期的に収穫物を教会に無償で寄付していました。こういう生活がなりたっているのであれば、お金をわざわざヒーリングセッションでいただく必要はありません。しかし自分がそれをたとえ望んだとしても、そうはいかないのが現代の世界です。

 

スピリチュアルなセッションは、本当に高額なのか?

皆さんはスピリチュアルなセッションやスピリチュアルな商品というものは、概して値段が高いとお考えだと思います。私も正直そう思います。私のセッションでさえ、「高いなあ」と自分で思うので笑。でも、高いなと思いつつ、自分はいただいている料金以上のことをしていると思っています。正直、1セッション100万円にしたいくらいです。100万円分くらい、自分は努力しています。あまりこういうことを、人にさらけ出して言うものではありませんが、理解していただきたいから、あえて言っています。ヒーラーというものは、一般の方が理解できないくらい、苦難を乗り越え、それ以上に努力しているからヒーラーたりえるのです。私も含め、本気で本当に神聖なるものとの繋がりのある使命を受けた者は、それなりの努力を天からさせられて、はじめて神聖な行為ができるところまでたどり着くのです。

 

だから、体を張ってセッションをしています。人の魂の領域に、人が踏み込むこと自体、どれほど大変なことでしょうか?それは未知なる領域であり、科学では決して理解しえない世界であり、非常に繊細で、かつ信じられないほど広大な領域です。そこに踏み込むとは、どれほど大変な、責任のある作業でしょうか?私は本当にこんなことをしていいのか?とさえ思います。簡単にやっていいことではないと思います。だからこそ日々の純化が必要です。だからヒーラーには休みというものがありません。「魂」自体が、仕事、と言えるからです。そういう中で行う、作り出されるセッションは、自分のすべての労力をきちんと自分で評価するならば、1セッション100万円分だ、と自分では思うわけです。でもそんな料金を出せる人はそうそうはいません。だからより多くの人が受けられるように、これでも万年ディスカウントしている(笑)状態なのです。おこがましいと言われるかもしれませんが、それが本音です。

だから、私以外でも他のヒーラーさんのセッションを見て、「高いなあ」と思うことはたびたびあるでしょうが、その人本人にとっては、それがギリギリの線での料金設定なのかもしれません。本当はもっといただきたいくらい大量のエネルギーを使っているんだと、言いたいのがヒーラーの本音だと思います。今日はあえてヒーラーの本音をお伝えしました。

でも確かに、「これはちょっと高すぎるぞ」とか「ぼってるな」「なんだこの高額は」と感じることもあります。私も色々受けた経験があるので、分かります。その一方、「よく頑張ってくれているよな、この値段で。値段以上の努力をこの人はしているんだろうな。なんか申し訳ないくらいだ」と思うこともあります。これは個人の感覚でしかありませんが、これは高すぎる、とかこれはお値段相応だと思う、という自分の直感にしたがってお金を出すことを決める、しかないのではないでしょうか。つまりスピリチュアルなセッションが高額か否かは、あなたやわたし自身の価値観と意識が決めるものです。

それでもやはり、スピリチュアルな人は清貧であるべきなのか?

それでもやはり、それでも、「無料であるべきだ」「無償であるべきだ」という信念が強い人がいます。そういう方はヒーラーの中にもいます。稼いではいけない、お金をもらってはいけない、と頑なに思い込み、無償ですることこそ「愛」だと思っている人たちが受ける側にもする側にも根強くいます。

あるヒーラーは、神聖な行為にお金はとってはいけない、と思い込みすぎて、本当にすべて無償でやっていました。でもその行為は、私には美しくは観えませんでした。しんどそうで、オーラも汚れてすさんできているようでした。やはり自分でもつらい気持ちがあるのです。当たり前です。人からエネルギーを吸い取られるばかりですから。自分を楽しませる優雅なことは一切、できないのですから。そして不思議なことに、「無料、無償」ということばかりやっている人の周りには、人のエネルギーをまさに「吸い取る」エネルギーヴァンパイアが集まりやすいのです。だから、施している人はますます疲労し、結局神聖なエネルギーなど自分にさえも補充できなくなります。また、生活も貧しく、貧相になってきます。

清貧の思想が日本では清純なことだと思われていますが、清貧が正しいのだと思いすぎて、自分に豊かさが入ってこないような人生を送っている人を、本当に「素敵で、ああなりたい」と人は思うでしょうか?

それよりも、自分のしていることをちゃんと自分で評価出来て、そのために自分に豊かさが入ってくることを宇宙に許し、その豊かさで愛と充実と優雅さを満喫している、そういう人の方が素敵だし波動もきれいなんだろうな、と思わないでしょうか?

ヒーラーやセラピストが稼いだお金は、結局クライアントのもとにも返ってきます。なぜならヒーラーたちは、いただいたお金でまた自分をブラッシュアップし、サロンをもっと心地よいものにし、ヒーリングに必要なクリスタルを充実させ、クライアントさんがもっと気持ちよく受けられるいろいろなものをそろえることができるからです。そうやって、自分だけにお金を使うのではなく、セッションをよりよくするためにお金を使ってもいるのです。そして、お金をいただくことでレストランでおいしいものを食べて充実し、次のセッションがまたパワフルなものになっていく、という目には見えない部分でのブラッシュアップもあります。

貧しさが正しいと、無償が正しいと勘違いしてお金をとらない人は、一部の人の尊敬を集めるかもしれませんが、それは実は、同じように「自分に豊かさが入ってくることを許せない人」つまり自分を愛し大事にできない人達からの尊敬なのです。だからますますエネルギーを持っていかれます。そして何より、無償が正しいと思いこんで貧しく暮らしているヒーラーは、自分を愛するという、一番基本的なことができていない人なのです。それはヒーラーとは言いません。それはただ、霊的な能力がある人、でしかなく、愛を受け取ることができず、自分を評価できない・愛せないならば、それがその人の課題であって、人を癒すどころではありません。

スピリチュアルは無料が正しいんだとかなんとか、正論を言っている人も結局は豊かでありたい、お金がほしい、あれもこれもほしい、が正直なところでしょ?だったら、正直に生きましょうよ。正直に生きなければ、純粋にはなれません。純粋になれないと、聖なる次元の存在とは繋がれないものです。聖なる次元は、決してお金儲けを否定しませんし、お金を否定しません。お金は手段であり、どう使うかという意志だけが、大事だと私は常々言われていきました。

 

私はお金の猛者か?ヒーラーはお金儲けができる仕事なのだろうか?

私は確かにお金をいただいています。お金をこの仕事で稼いでいます。でも「お金儲け」をしている、という意識はありません。そういうと、ブーイングが来るのはわかります。幾らかでもお金をもらっているなら、「お金儲け」じゃないかと。そうです。その通りです。でも、お金は対価としていただいているけれども、世間一般にいう「お金儲け目的」でこの仕事をしてはいません。お金をいただき豊かになればうれしいです。けれども、だからといって「もっともっと儲けよう。どれだけこのお客から収入が入るか?今度はどうやって儲けてみせようか」うんぬんと考え、事業を大きく展開してお金もちになり、お金のためには多少の荒稼ぎセッションやぼったくりセッションもやってみせようとか、営業しよう、DMを流そう、次はメルマガだ・・・・などなどとは考えていません。

そもそも、こういうスピリチュアルなセッションというのは、たとえお金儲けに走って「儲けよう」としても限度があるのです。1日にセッションができる人は限られています。3人がほんとに限度です。2人でもギリギリです。それほど大変な集中力がいるので、1か月にできるセッションにはどんなに人気になろうが限りがあり、収入をガシガシ上げるなどということは、自然に考えても無理な仕事なのです。そういう意味で、スーパーの経営とか、そういうものとは違います。だから、これで大儲けしようとか、お金もちになろうとか、家族5人を養おうなどと考えている人は、無理なので、家計の柱としての仕事としては諦めた方がいいと思います。

それかもう、本当に割り切って講座とか毎日のように開いてガシガシ稼ぐお金猛者スピリチュアル先生とかになるしかないでしょう。やすっぽいし本物とはいえないかもしれなくても、お金を稼いで大儲けしたい!!というのも人の自由ですし、別に人を傷つけてはいないのだから、そういう価値観の人がいるならそれでもいいと思います。ただ私は関わりたくはないですが・・・

なので、はっきり言うとこういう仕事は、旦那さんがお金を稼げる方で結婚しているか、もともと裕福か、奥様がバリキャリとか、そういう方じゃないと、家族を養うレベルになると、無理ではないかと思いますね。独身1人が生きていくにはまあ、いいかもしれませんが。そして、ドリーンみたいに、本当に世界的なヒーラーになったり、人気者ヒーラーになれば、確かに「お金持ち」になれるでしょうし、優雅に暮らしているヒーラーは確かにいます。でも、それはその人の努力の結果論であって、お金儲け追及の結果ではないと思います。人気になり、道を踏み外す人も確かにいます。いきなり金儲け主義になり、なんだか人が変わっちゃったような人もいます。でも基本的に本当に長続きする人気ヒーラーは、自然とやるべきことをやっている素敵なオーラの人が多いですし、そして優雅に暮らせるほどお金が入ってくるような人気ヒーラーは、全体の1%くらいでしょう。

お金よりも大事なのは信頼関係

そういうと、それでもちゃっかりお金をとっているではないか、お金こそ大事なんだろう?と突っ込みを入れられるかもしれませんが、実際にこれは本当のことです。ヒーリングや、何にせよスピリチュアルなワークやセッションは、信頼関係あってこそ成り立ちます。信頼関係あってこそ、最高にいいものができます。信頼関係あってこそ、ヒーラーも気持ちよくセッションに挑めます。そして信頼のあるコミュニケーションは、楽しいものです。豊かなものです。素敵なものです。成長させてくれるものであり、一緒にコラボしたり、遊んだり、ディスカッションしていけることで、有意義なものです。信頼のないセッションは、お金をいただけたとしても、正直やりたくはありませんし、やっても両者にとって意味のないものになります。信頼関係のないセッションでたとえ高額が入ってきても、そのストレスですぐにお金を使ってしまうので、ほとんど意味がありません。空虚にお金が消えていくだけです。それほど、スピリチュアルなワークには信頼というものが大事です。信頼とは一言で言えば、ハートのレベルで素直な関係を創れる、ということです。それは安心感があります。そこには友情があります。ヒーラーとクライアントの間に「友情」なんて必要なの?と思うかもしれませんが、友情のような絆のようなもの、確かにこの人の魂と繋がってよかったなと思えることは重要です。それがなくても誰でもいい。どんな人でも、どんな嫌なことをしてくる人でも、自分をじゃけんに扱う人でも、「客」としてくるのであれば、お金が入るからそれでいい。それこそ「お金儲け」のスピリチュアルではないでしょうか?実際、誰でもいいから来い来い、と「お客様」を必死で集めようとしている人は後を絶ちません。そして「お客様」に満足してもらえるようスピリチュアルで最も人が満足することをあえて言ったりして人をつなぎとめようとします。「これがなければ幸せになれない」「あなたの今の彼氏は前世からのソウルメイト」「あなたは特別な存在なのです・・・」うんぬん。


私はクライアントさんを「お客さん」とは思っていません。ヒーラーにありがちな上から目線は私にはないです。かといって、商売人にありがちな「お客様は神様だ」的なヘコヘコした下から目線もありません。いつも「横から目線」大事なのはフラットな関係です。クライアントさんを「お客様」とか「クライアント様」とも呼びません。あえて、「○○さん」と下の名前で呼ばせていただいています。これもなるべく、フラットであるためです。そして、なるべく正直な言葉で何でも伝え、言葉のやり取りを大事にしています。なので、言葉のやり取りを大事にしない方とは、長続きはしません。

天の前で、誰が偉くて誰が下とかそういうのはありえないでしょう。でも、スピリチュアルな仕事というのは、とかくヒーラーが極端に上から目線か、極端に下から目線かになりがちです。そうならないように、これは魂と魂の出会いなのだという風に、私は考えています。

スピリチュアルなワークは、ただ純粋に魂と魂の交流です、だからこそそこには、土台として信頼が必要なのです。そしてそれこそが、人の心を温かくさせ、充実させます。そのためにこの仕事をしているのです。魂と出会うために。だから、お金をいただくけれど、究極の目的ではないということです。それは何度もいっているように、エネルギーのバランスを取り合っている結果いただくものであり、両者にとって一番大事なのは、気持ちが温かくなり、人生がそれですこしでも充実していくことではないでしょうか?

私はお金が好き!でも、これとそれとはまた別。

私なんかは、裕福に育ちましたからお金が好きですが、これで荒稼ぎしようなどとは、思っていませんね。とにかく、先にも言ったように、そんな野望があったとしても、体力的に無理ですから。それに、ずっと続けられる仕事でもないと思っています。やはり大変なので、いつかは「修了」の時が来ると思います。その時まで、できるだけ多くの人に天使とのつながりを創って創造的なアースヒーラーになってほしい、という願いが私にはあります。

周りを見ても、ヒーラーの先生たちも続けるのに苦労していますよ。私の先生たちは皆人気者ですから、お金はある程度入ってきているでしょうし、優雅に暮らしているでしょう。でもその反面、すごくきつい時もあると思います。エネルギーが枯れてしまうこともあるでしょう。だから私の先生たちは皆、よく休みを取ります。すごくマイペースでしか動きません。そして、突然引退してしまった人など、限りなく沢山います。やはり、ヒーラーというのは、その力を出すのに一つの修了の時、があると思います。

だから、私もできる限りマイペースを維持しています。マイペースを維持すれば、ますます「お金儲け」にはなりません。でもなるべく長くは続けたいので、マイペースでやっていますし、私の手に負えない方は、お断りしています。できることはできるけど、無理なものは無理です。その線引きは、はっきりしています。

でも、私はお金が好きですよ。みんなも好きでしょう?笑。何もお金を嫌ったり、スピリチュアルだから避けてみたり、清貧を装う必要はないと思います。お金がわるいのではなく、使い方の問題です。お金を儲けて、それを良いことに使ってよい循環を生む方が、無理にお金を避けたり、お金をいただくお金を稼ぐことを否定したりするよりずっと豊かです。

私は今でも車は乗るならジャガーだよな。買うなら、三越だよね。っていう人間です。オーガニックガーデニングとか何とか言っていますが、その反面、私は子供のころから、お金の心配など1秒もしたことがないほど、裕福さに恵まれてきました。だからお金の良さ、価値はよくわかっていますし、お金を不浄に見るスピリチュアルが好きではありません。そういうのは魚座的で古いと思います。お金が好きですけど、でもこの仕事で、ジャガーを買おうとは思いません笑。だから、夢は石油王と結婚することです。そう言ったら、「スピリチュアルなヒーラーがそんなこと言っていいの?」とすっごく驚かれたことがありますが…またそれも偏見ですね。でも私は平気で言います。お金って、いいですよ。

でも石油王なんてのも、今は落ち目かな。じゃあ不動産王?でも不動産も今は失敗も多いしね。だったら投資王とか。誰かいないかな、私を紅いジャガーに乗せてくれる人!