アースエンジェル・ライトワーカー、あなたの出番です!スピリチュアルセルフケアライトボディ/スピリチュアルボディの変化と進化を生きること

みんなのオーラ③世界で一番オーラがキレイな人

a beautiful aura is like an angelic aura….

ほとんどの現代人のオーラは汚れている…

残念ながら、現代人のオーラはそのほとんどが汚れきっています。これについては、いろいろな記事で書いてきましたし、前回の②でも書きました。美しいオーラなんていう人は、ほんの数パーセントで、ほとんどいないです。私はまだ、「この人のオーラ、なんて綺麗なんだろう!」と心から思った人に日本で出会ったことはありません。

先にも書きましたが、国によっても違います。その国の状況や文化背景、人の暮らしかた生き方が影響するのだと思います。カナダ人は日本人よりオーラがキレイで強い傾向があります。それは一つには自由に生きていい、っていう考えが浸透している国なので、その中で育った魂は自由で、楽しいことを優先して生きているので結果としてあまり重しを持っていません。解放されているので、その分キレイです。

もちろんカナダ人にも大きな問題とか心の傷とかいろいろありますけど、社会問題もありますし環境問題もありますけど、それでもやはり、日本よりずっと抑圧の少ない国です。仕事もよほどトロントにある大会社のエリート君とかでない限り、したい分しかしないです。自分の楽しみと余暇優先。とにかく、自由です。それにあの大自然。あのクリアな大自然の中に生きていたら、自ずとオーラがキレイになりますよね。

こういう波動の高いオーラをしている人がいる半面、カナダでも日本でも、非常に低い波動の人は重くて、そばにいるだけでこちらがあっという間に体が重くなります。正直に言うと、日本にはこの重い汚れだらけのオーラの人の方が、ずっと多いです。なぜなのか私なりに考えた理由は、前回の記事で書きました

日本人に顕著なのは、「生きることに疲れている」、っていう人が多いです。アンケートを取ったわけではないのですが、オーラを見るとそういうことも分かります。エネルギーフィールドがヘタレこんでいるんですね。何に疲れているのかは、それぞれ何でしょうが、そこがそれぞれの魂の課題なんでしょうが、とにかく疲労物質を多く抱えているオーラの人が多いのが日本人の特徴です。

疲労物質が多いのは女性。ネガティブなエネルギーの溜め込みが多いのは男性です。特に男性は、心を決めてオーラを浄化することに努めてください、と言いたいです。というのも日本人男性のオーラはちょっとあまりに汚れきっている人が多いからです。あれでは家庭内さえも自分のネガティブエネルギーで汚してしまいますよ。私など、とても一緒には暮らせないと思うほどの重いオーラの男性が日本には溢れています。

それほど、エネルギーコンディションがわるい男性が多い。仕事がそれだけ大変な社会なんだと思うし、やっぱり家庭を支えなければならないという役割、が男の人にはまだ当てられているので、その分前線で苦労して、汚れてしまうのは本人にはどうしようもないところもありますが、スピリチュアルなことに目がさめていないから、ということもあります。

やっぱりオーラは見えない部分の重要な「体」なので、スピリチュアルボディについての意識が生まれないと、キレイにしていこうという意識も出てきませんし、また自然とキレイになっていく生き方もできません。

なので、スピリチュアリティーを男性にはもっと受け入れてほしいです

 

どうすればオーラはきれいになるのでしょうか?

ではどうすればオーラがキレイになるのか、については、前回書いたようにナチュラルセラピーを取り入れてできるだけナチュラルな生活をするとか、いろいろなことが言えますが、例として私の友人の話を挙げたいと思います。

彼女とはカナダで暮らしていた時、運命的に出会いました。

私が通っていた語学学校に彼女も通っていたのですが、その学校は授業の取り方がランダムで、自由でした。ある時あるクラスレッスンを偶然取った時に、ドアを開けたら、真っ先に目に飛び込んできたのが彼女の姿です

それは黄金のオーラでした…
黄金のオーラを持つ人を、私はいまだかつて彼女以外に見たことはありません

金色に輝くそのオーラと、どこまでも広がっていくその輝き。

私は一瞬にして「この人、普通の人じゃない!絶対に友達になりたい!」と思いました。

それで授業が終わった瞬間、もう二度と会えなくなったりしないように、すぐにでも話かけようと待ち構えていました。その通りにしました。

いきなり、「私の友達になって!」と言ったのです

彼女は快く受け入れてくれました

彼女は韓国人の尼さんでした

私にとって初めての韓国人の友人であり、韓国人との出会いでもありました
それも嬉しかったので、それ以来私たちは毎日のように一緒に過ごしました。まだ大学の学期も始まっていなかったので、時間は十分にあり、丁度良く毎日でも遊べたのです。おかげで彼女との出会いを機に韓国人と沢山出会い、そこから今の私の国際交流活動は始まっているのです

彼女は他の韓国人の若い人達からもすごく慕われていました

とんでもない競争社会の韓国で、若い尼僧であった彼女は、完全に競争世界から離脱していたので、(解脱か?)全くの自由な人であり、どんな悩みでも受け入れてくれるような寛容さがあったので、韓国の若者たちにとっても、癒しの存在だったのかもしれません。

毎日彼女といるだけで大勢の韓国人と出会うことになりました
またカナダに移住している韓国系カナダ人の生活も知ることとなり、韓国文化に触れることとなり、いつしか私は周りの韓国人の友人から「え、ずっと韓国人だと思ってた」と言われるくらい溶け込んでいました

私もかなり人見知りしない図々しい性格でまず誰とでも友達になれますが、周りのコリアンたちも私をかなり寛容に受け入れてくれていたのです

話はずれましたが、私の彼女(愛称は僧の意味でスニン)への第一印象は間違っていませんでした。スニンはその黄金のオーラの通り、スピリチュアリティーに高い生き方をしていたのです

★スニンの生き方はこうでした。ひいては、これが究極のオーラを作る秘訣なのだと思います。

1.ものを持たない。家にあるのは最低限の家具と布団だけ。物質的なものに沈殿しないし興味がまったくない。

2.見かけを気にしない。まったく繕わないし飾らない。毎日袈裟しか着ない。見かけがすべてであるかのような韓国社会で、全く外見を気にしていませんでした。でも輝きがすごかったです。そのオーラの輝きで、他の人より美しく見えましたし他の人達より年は上なのにずっと若く見えました

3.人生に起こることをすべて流れとして受け入れている。
スニンは子供の頃から体がとても弱く、よって親が見かねて5歳の時に仏門に入りお寺で暮らし始めたといいます。その中で、生きることにさえ生死をさまようことがあっても執着せず、天があたえた天命通り、ただあるがままに生命と人生を受け入れていると言っていました。彼女は生死を超越している考えの持ち主でした。

4.今あるがままで十分だと本気で思っている
スニンは何も持っていないようであり、すべてを持っていました。彼女は、何も欲しがらず、実際に何も欲していなかったです。今、ただ生きているだけで十分に幸せだと言っていました。生きているだけですべてもうすでに与えられていると。すべて天が与えてくれていると。

5.今にすごく感謝している
彼女はいつも生きているそのままに感謝していました。今生命があるだけで、どれほどの恩恵を受けているだろうかと強く言っていました。その沢山の恩恵だけで十分に幸せだと。そして感謝で一杯だと常に思っていました。嫌なことがあっても、感謝。すべてが感謝。すべてが贈り物。感謝で一杯の人でした。

6.愛がすべてだと思っている
愛。仏教ではおそらく慈悲という言葉になるのでしょうか?彼女はいつも愛だけが本質であると皆に伝えていました。

7.人生の明確な目的を持っている
彼女の目的は仏教をもっと西洋で理解してもらい、普及することでした。そのためにカナダに住み、カナダにある韓国系のお寺に月の半分は住んでいました。これからカナダ全土に行き仏教を広めると言っていて、それが彼女の夢であり目的でした。

8.明確な人生の支えを持っている
彼女の大きな支えはブッタでした。あまりお坊さんで、「ブッタが大好きです」なんて言う人はいませんが、彼女は普通にお釈迦様大好き~な人でした。ブッタが精神と心の支えでありよりどころであり、何よりブッタを愛していたので、その愛を全面に出して生きていました。ブッタについて普通に語りました。何かブッタや仏教を敬遠させるような、近寄りがたいものにはせず、すごく身近に感じ身近で語る人でした

9.瞑想を日々の生活の中心にしている
彼女は自宅に瞑想のスペースを作り、そこでもどこでも瞑想をすることを何より大事にしていました。何時間でも瞑想しているような人でした

10.仏教にとどまらずすべてに開いている
仏教に生きる正真正銘の僧侶でありながら、どんなことにも開いていました。お寺にばかりいるのではなく、韓国タウンに行ったり、バンクーバーのあちこちに行ったり、誰とでも仲良くなりました。パーティーに行ったり韓国人同士の野球大会に出たり、遊ぶことも大好きでした。食べることも大好きでした。おかげでバンクーバーの美味しい韓国料理店は彼女についていって覚えました(笑)。
他の宗教も受け入れいていました。日本に住んでいたこともあり、その頃は高台寺にお世話になったそうです。実際高台寺って書いてあるタオルをはおって歩いていて(笑)、なんだそれは、って聞いたらそう言ってました。これも近寄りがたいお坊さんではなく、自ら人に近寄っていくお坊さんでした

11.エネルギーレベルがとんでもなく高い体をしている
彼女の場合は、もうライトボディになっていたのだと思います。だからあれほどの黄金のオーラをしているんです。後光が輝いていましたから。歩く観音様みたいな人でした。それも楽しく遊ぶ観音。

ある時彼女が腹痛になり、バンクーバーの「ホ・ジュン」と称されるすごい韓医の先生のところに行きました。バンクーバーの韓国人なら誰でも知っているような大先生です。すると、先生はスニンの脈をみて「君は、尋常じゃないエネルギーの持ち主だね。こんな体を持っている人を見たことがない」と言っていました。

12.すべてに前向き。前進することしか考えていない。
彼女の人生にも困難はありました。体が弱いのはまだ変わらないようでカナダの西洋式生活になれないためかよくあちこち体壊してましたし。仏教の普及だってスムーズに行くことばかりではなかったでしょう。でも彼女は常に笑っていました。すべて天命だからいいんだそうです。もう任せて流れて生きているので、その結果とんでもない楽観主義でした。
落ち込んでいるのを見たことはありませんが、怒ることはよくあった。やっぱ韓国人なので、感情は表に出やすいし出すのが当たり前なんです。怒る時は平気で人とケンカしてましたから…あまりお坊さんだからどうのこうのという対面とかも気にしていませんでした。でもそういうことがあっても、そういう自分も受け入れ、常に前を見ていました。

 

上記のような生き方は、スピリチュアリティーを高めるとして、また健康にいい生き方として、多くの人が推奨したり本に書いたりしていることと同じです。でも、彼女のスゴイところは、それを「本気で実践していること」「当たり前としていること」でした。スニンにとってはこうした生き方はまったくの当たり前だったのです。

日々に感謝しよう、とかそういうことは誰でも簡単に書けるし言えますが、それをそれだけ実現できているのかも、オーラに出てしまいます。残念ながら、オーラだけを見ると、言っていることとやっていることが随分違う人は多くいます。でもスニンは黄金のオーラを持っていて、本当にそれを実践して当たり前のこととして受け入れいているのが見え見えでした。

こういう生き方をすると、オーラは自然と、さんさんと輝くのだなと思います。

私はいつも、オーラをキレイにする、という時、スニンを思いだし、スニンを基準に考えています。いかにスニンに近づけるかが、オーラの輝き、オーラの健康に関係するからです。

自分の描く理想のオーラになるためにできることは沢山ある…

今まで「オーラとは何か」について書いてきましたが、最近はよくオーラっていう言葉も使われるようになりました。段々日本でもスピリチュアルなこと、スピリチュアルな視点が受け入れられるようになってきて、「オーラ」っていう言葉は普通に良く出てきますね。

「あの人は、何か…オーラが違うんです」とか。
「彼のオーラに圧倒された」「オーラが輝いてる」「放っているオーラが違った」などなどという表現、今では当たり前になっています。っていうことは皆がスピリチュアルボディ、肉体以上の体が存在することを認めつつあるのかな…と思いたいですが…真相はどうあれ、皆が物質以上の何かを人に「観る」ようになっているのだと思います

皆がオーラについて言及するようになったっていうことは、自然と何かを感じているってことだと思います。その人の持つ「何か肉体以上のもの」、エネルギー、カラー、強度のようなものを。

そういうものを「シグナルとして受け取り読み取る」能力は実は誰にでもあるんです。だから皆気づかないうちにオーラを観ているんです。正確ではなくても、もともと正解はないものなので、とにかく、その人から出ている「何か」を受け取ってはいるんですよね。だからオーラについて言及したくなる。そして、皆結局は、キレイで、強くて、人を惹きつけられるような魅力的なオーラを持ちたいと、どこかで思っていると思います。皆がどこかで、「自分のオーラは特別である」と言われたいという願望をもってさえいると、私は感じます

一般的に女性は綺麗でキラキラした、ジュエリーのようなオーラに憧れる傾向があります。そして澄んでいて透明感があって、美しいオーラ。そう言われると嬉しいのが女性です。


男性は自分のオーラに強度と逞しさがあり、存在感と迫力を持ち、「際立った何か」「他にはない何か」を放っていることに憧れやすいです。何か人にはないような力や魅力を持っていることに憧れている傾向があります。忘れられないようなオーラ・人を引き付けるオーラ・強いオーラになりたいという傾向があります。

オーラが受け入れられるような時代になったからこそ、そこからより踏み込んで私たちの持つ巨大とも言えるエネルギーフィールド、エネルギー体について、より考察し、知り、それをケアしていくことも、本気で考える時代になってほしいです。そして少しでも澄んだ体、を持つことによって、自分も地球も周りも澄んでいくのだとおもいます。