どれを受ければいいですか?天使のセッションQ&A

先生、ヒーリングサロンやめましたか?~スピリチュアルヒーリングを止めるとき

ヒーラーがスピリチュアルヒーリングを止めていく理由

私が以前習っていた先生のところに行ってみたくてサロンのサイトを検索していましたが、一向にでてきません
ブログも家も引っ越します、という記事を最後に、なんと2012年で止まっていました
幾度となくサロンが移転していないか調べましたが、出てくることはありませんでした

あれだけ熱心だったのに…サロンも拡張して大きくしていたし…
と思いつつ、これって「ヒーラーあるある」の一つなんですよね実は
サロンを止めちゃう、ヒーラーを止めてしまう、卒ヒーラーというのでしょうか。

 

スピリチュアルヒーリングのサロン経営は決して簡単ではない

これは一つには単純に経営が成り立たない
サロン経営というのが思う以上に大変で難しいからです

おうちサロンとかなら大丈夫、と思っていても、まったく違います
スピリチュアルヒーリング系のサロンを作るとなると、
スピリチュアルにもいろいろな側面や解釈やイメージがありますから、
自分のやりたい方向や、何を提供したいのかを明確にするため、
そしてその世界観を全面的に出していく必要があり
そのためには多くの勉強とサロン維持のためのインテリアの整備やヒーリンググッズなどを
買いそろえていかなければなりません

スピリチュアルヒーリングは高額だとよく言われますが
経営的にも労力的にも、揃えるべきもの(クリスタル1つでも高い)をそろえるためにも、
そうならざるを得ない側面もあります

ついでに、以前にも書きましたが
スピリチュアルヒーリングは無料でしかるべきという考えは全くの間違いです
スピリチュアルヒーリングはタダでこそ高潔で本物で神聖だということはありえません
お金はただの物々交換の一つです

スピリチュアルなものは無料じゃないと本物じゃないと言う人はまだいるようですが、
ヒーラーが一つのワークをするのに、どれほど体を張っているのか
どれほど労力を払っているのかを、尊重していただきたい

ヒーラーがそのために尽くしている時間や労力や学びや道具などなどをすべて、
無料でもらおうとするのは、ただの物乞いだと思ってください
またヒーラーがいかなる理由であれ無料でやるというのは、高潔なことではなく
ただ自分を大切にしていない、愛していない証拠です

自分が魂をかけ体を張り命を懸けてしていることに
それ相応の料金をつけて、きちんとお金とサービスという間柄でのエネルギー交換をすることは正しいことです
そうでなければ自分が持ちませんし、ヒーラーの質は落ちていきます

スピリチュアルヒーリングの
目に見える効果や即効性、自分の変化は見えにくい

さて話はずれましたが、サロン経営は難しい、
揃えるべきものが多いのに、その反面集客は思った以上に難しい世界です

スピリチュアルヒーリングは、後述しますが
効果が見えにくい。達成感が見えにくい。自分がスピリチュアルという見えない世界に
いくらお金をつぎ込んでも感じない・見えない・触れられないので
それで意味を感じず、違和感を感じ、挫折感を感じ、イライラを感じ、疑問を感じ…と。
人それぞれ諦めの中で、クライアントさんがヒーリングを受けることをやめてしまうことも、多々あるのです

スピリチュアルサロンの集客の難しさは、その「達成感」を得ることが
料金に比して非常に難しく、

またそれを得るためには長い時間や忍耐が必要だということに
あると思います

レストランに行けばすぐにおいしいスパゲッティが食べられる、

エステサロンに行けば、その日は一日キラキラでラグジュアリー感が得られる、
というような達成感はないのです

スピリチュアルヒーリングには意味がありますし、目的もあります
また受ける上では、それなりの決心・意志・集中力・愛に開く・そして順序と忍耐が必要です

でもそんな心の準備はしきれない、と思う人もいますよね
またエネルギー体の存在やエネルギーを感じ取ることが非常に難しいゆえに達成感もない

 

スピリチュアルヒーリングの意味や目的を
熱心に伝えようとすればするほど

営業・宣伝だと思われてしまう意識のズレが起こりやすい

それに補足しようと、なんとかクライアントさんに受ける意味や、
起きていること・必要なこと・心構え・受けるのに効果的な準備や順番などを
お伝えすると、お伝えすればするほど、
こちらは理解を深めてもらおうと熱心に伝えているだけなのに、
相手側からは宣伝・営業・情報プッシュに見られてしまうことも
たびたびあります。
それは自分の熱心さからくる意図とはちがう、つまり誤解なので、
ヒーラーにとっては消耗することです

スピリチュアルレジリエンスでちょうどオーラソーマについて書きましたが
あるオーラソーマプラクティショナーさんが言っていましたし他のスクール仲間も
皆同じようなことを言っていました。

つまり、「オーラソーマは選んだボトルを塗って使ってみないと本当の意味がわからない。絶対に
使った方がいいし自分のものになるのに、それを伝えたり強調すると宣伝や押し売りだと言われる。それが嫌で、ボトルを使うことを勧められないのだが、本当はその効果を実感するために、ボトルを購入して実際に使ってほしい。純粋にその人のためにそう思うのだけど、どうしても営業だと思われてしまう。でも本当に、オーラソーマのボトルって使ってはじめて始まると言うか…どうしても本質までいきつかないんですよね」

これはオーラソーマだけでなく、他のスピリチュアルセッションやツールのすべてに言えることで、
まさにヒーラーの悩みを代言していると思います。
本当にスピリチュアルセッションやスピリチュアルヒーリングツールというのは、その人に必要なものが
見えれば見えるほど、それに情熱を燃やせば燃やすほど、宣伝のように思われてしまうリスクを伴います

良かれと思っていっていることが、営業の一貫と思われてしまうというのは
誰かの癒やしと魂の拡大成長に役立ちたいと心から思っているヒーラーの心を消耗させてしまいます

 

ヒーリングサロンを止めてヒーラーを止めて
自由にありのままに生きたい、

と「優秀な」ヒーラーは考える

その他にスピリチュアルヒーリングサロンを止める大きな理由としては
もっと意思的なものがあります
私の先生だった人達、1人をのぞいて皆外国人ですが、
ほとんど止めています

他にも、知っているヒーラーさんとか、巨匠と呼ばれるエネルギーワーカーとか
かなりの数止めていきました

ヒーラーはなかなか続かないのです
すごく売れていても、です

売れれば売れたで、自己矛盾に陥り止めていくことがあります

一つは、これも何度も書いてきたことなんですが
多くの人から賞賛され注目され尊敬されるようになる人気ヒーラーであればあるほど
多くの人から頼られ、「理想化」され、偶像視されるようになります
自分はただの人間。エゴもある怒りもある恨みつらみもある、そういうただの人間なのに
それをクライアントさんたちから否定され、少しでも人間臭いところを見せてしまえば
それだけで嫌われたり去っていったりします
よって、クライアントさんとうまくやっていくには、ずっとその方たちが持っている理想か偶像を
生きていなければならない。まるで芸能人みたいですが。
聖人なんていません。
でも聖人のように扱われたり、聖人のようであるように、
無言の圧力がかかってくるのです

それがつらくなってしまい、自由に生きたいと、
止めていく「巨匠」は多いです
この人が?と思うような素晴らしいヒーラーに限って、結構早い段階で止めていきます
人は気づいていないけど、
彼らは人間くさいところを大事にし自分を愛しているからこそ、
優秀なヒーラーに慣れたのだと思いますが
世間はそれを認めてはくれません

何か人間ではないようなすごい人で、何にも揺るぐこともない絶対的愛を常に自分にくれる
どこにも欠点などないもののように見てそれを要求してきます

弱っているから愛を与えてとばかり、夜昼朝かまわず連絡してきて、
すがってくるような人も少なくありません。エネルギーを吸い取られてしまうのです

そして、そのエネルギーを惜しみなく与えてくれる愛ある人こそ、ヒーラーでしょ、
と言われるわけで…

そんな期待に耐えられる人などこの世にいません・・・
でも期待に少しでも応えてくれないと分かると、怒り出す人が多くいるのも事実です
そういうやりとりって、すごく疲れませんか?
ヒーラーにとっても疲労になることですが、
多分期待しすぎるクライアントにとっても、しんどいことだと思います
どこかに自分を絶対的に愛して無条件の愛を完全に体現している理想の
人間越えした人間、を探し求めるなんて…その度にがっかりしたり怒ったりしているなんて…

でもそれが現状でもあるので、ヒーラーはアイドル化した自分から脱却するために
サロンを止めます。スピリチュアルヒーリングも止めます。そして自由に生きることを選択するのです

そう言う人は、かなり見てきました
かなり、それがヒーラー業界の本音、現状とも言えます

 

ヒーリングに意味があるのか、効果があるのか?とヒーラーは考える

もう一つ大きな疑問として浮上してくるのは
「このヒーリングをしていて、本当にクライアントさんにとって意味があるのだろうか?」
ということでしょうか。
自分がしているヒーリングやセッションに意味があるのかを自問してしまうわけです

私は、先生がサロンを止めたようだったので、「ヒーラー やめる」で検索してみました
すると、よく出てきたのが

「これをしていて一体本当に誰かの役に立つんだろうか。と私はだんだん考えるようになった。」
「結局、どんなにヒーリングを受けてもらったって、その人が自分でどう生きるのか選択し、
各々がどう生きるかが大事なのではないか。ヒーリングが人生を決めるわけではないのだ」
「その人次第なのだから、最初からスピリチュアルヒーリングに意味はないのだ」
というものです

確かにスピリチュアルヒーリングというのは、一体何の役に立つというのでしょうか?
受けたからって人生はまるで変ったようには思えません
私も自分が色々受けてきて、何度も「なんだったかなこれは、これで私変わった?」と思いました

また○○に効く・効果がある、と明示することは禁止されていますので
そもそもが(具体的効果が可能性としてあっても)
効果など伝えることもできないし、効果を期待されても困る世界でもあります

人は明確な答えを欲しいと思ってやってきます
また人は私も含め、明確な効果が何かを知りたいし、受けた以上明確な効果を観たいです

そういう意味で、スピリチュアルヒーリングというのは
何とか効果的なものを提示し明示しようとしますが
どこまでも曖昧で、そして受けてみたって何がどうよかったのか、曖昧です

実は、スピリチュアルヒーリングの意味というのは、自分で探していくしかないのです
天使との繋がりも、エンジェルリーデイングもエンジェルヒーリングも、エンジェルワークのすべて、
スピリチュアルヒーリングのすべても、その人がそれをどういかしていくことができるのか
どうとらえ、どこまで吸収できるのかに、かかっています

だから、ヒーラーは答えを与えられません
その人が、例えばエンジェルワークを、どう癒しに、自分の成長に、愛に、傷を治すことに、
拡大していくことに、活かしていくか、がすべてなのです

だからこそ、スピリチュアルというのは、確固たる意志が必要な、心の自立が強く求められる世界なのです
どうも世間では、心の弱い人がすがるもの、頼るものとなっているようですが
本来は、自立心のある心の強さが求められます

スピリチュアルワークを受けたことで出てくるはずの効き、理解というのは
スピリチュアルヒーリングを受けていきなり出てくるものではないですし
すべての人に良い、合っているスピリチュアルヒーリングというのもないでしょうし
受けても、自分で拒否して受け取れない人もいます

だけど、皆期待してしまう。皆、本に書いてあるような奇跡的な体験を期待しすぎなのです
引き寄せをやったから幸せになれるわけではない、と言いましたがそれと同じで
人生はそう簡単に変わるものではないし、幸せはそう簡単にやってはこないのです

だからスピリチュアルヒーリングやスピリチュアルそのものに、
即効性や奇跡や「私はこれをやったら50日ですべてを手に入れた」とか
何か大きな信じがたいような幸せや癒しを
求めることは実は間違っているのです

よって、ヒーラー自身もそれに気づいた時、
自らのスピリチュアルヒーリングを投げ出してしまうことがあります
自ら、幸せや癒しや成長など、クライアントさんに与えられないじゃないか、と思い
それはその人次第じゃないか、と思い、スピリチュアルヒーリングというものに
意味を見出さなくなるのです

クライアントさんの方も、何も得られなかった、と。
それに失望して、もう受けなくなることも多いです

スピリチュアルヒーリングに意味があるのか?
スピリチュアルヒーリングに効果はあるのか?

ヒーラーにせよクライアントさんにせよ、その疑問が大きくなってしまうと
それ以上はやれなくなります

 

究極の答えはいつも自分にあり、
究極の効きめもいつも自分にある

ヒーラーがたどり着く答えというか心の境地として、
究極の答えはいつも自分にあり、
究極の効きめもいつも自分にある」ということがあります

いくらスピリチュアルヒーリングに身を寄せ、身を投げ出しても
いくらお金をかけても、いくらあらゆる種類のヒーリングを受けても
いくらレイキなどなどを伝授されても

一向に自分なんて変わらないじゃないか!!
本に書いていることなど起きないじゃないか!
私よくなってないじゃないか!
幸せや癒し来ないじゃないか!お金ふってこないじゃないか!

ヒーラーの側から言えば
どんなに身を尽くしてヒーリングやカウンセリングやワークを送っても、
相手を変えてあげることなどできないじゃないか!
と思う時、結局幸せや癒しや成長は、その人次第であることに気づきます

 

そこから、さらにどう考えるかです
「その人次第」なのだから、スピリチュアルヒーリングに意味はないとし、
それを受けるのをやめる、提供するのを止めるという選択をするか。
そう選択した場合、スピリチュアルサロンを止めるわけです

 

ただいかに「その人次第」であるかを伝え
できる限りどう活かしていくのか、を工夫し、
クライアントさんが何か自分の人生に活かしていってもらえるよう
工夫して続けていくことも、選択の一つです

それにはヒーラー、クライアントどちらの努力もいります

正直に言って、スピリチュアルには忍耐力がいります

どんな効果であろうと成長であろうと、結果であろうと
スピリチュアルから得ようとすると忍耐がいります

努力と忍耐が、いるんですね、実はスピリチュアルには。
だから、スピリチュアルというのは弱い人を救うための救済ではなく
強く生きようと決意した人の心の旅なのです
救済を担当するのは宗教だと思います

スピリチュアルは、魂の旅路です

私も、スピリチュアルワークに意味があるのだろうか?とよく思いました

でも止めることは考えたことがありません
人から頼られるのがつらくて、止めたいと思ったことは正直あります

でも、心底、意味がないと思ったことはないです

 

それでもスピリチュアルワークを続ける理由

第一には、純粋にそれが私の魂の目的だと完全に思っているからです
どこからその意志と意識と信念がわいてくるのかわかりませんが
どんなにつらいことがあっても挫折があっても
エンジェルワークをやめようと本気で思ったことは一瞬もありません

これが私の生きる道、これが私の魂なのです

そして信じていることもあります

すべてのセッションに意味があり、目的があり、夢があり、愛があります
天使の愛を受け取るだけでも、十分に意味があるのです

でも、ここで課題となるのは、
天使やそのほか高次の存在のエネルギーや宇宙に蔓延する気のエネルギーというものを
「感じ取れる」人が少ないということです。

それは、人々にとって最も難しいことなのだと私はわかりました
私は2歳のころから、天使のエネルギーを感じていてそれが自然なことなので

上から目線的な言い方に聞こえるかもしれませんが、

皆さんがどこで躓くか、どこでスピリチュアルワークに諦めとむなしさを感じるかがわかっていませんでした

皆さんが求める最大のものは
効果以前にまず、エネルギーを感じ取れるようになりたい、その実感がほしい。
ということでした

多くの人は天使のエネルギーを感じ取りたい、宇宙的な気のエネルギー、万物に宿るエネルギーを
感じ取りたいし、それこそが、自分が愛を受け取っている、という確かな実感と実践になるでしょう

そこまで行くには、多くの浄化が必要であり、
いわゆる気功で言う「気感」をやしなうために
様々な修練をつむという、道を歩んでいかなければならないこともわかりました

だからこそ、今は、単独のセッションと同時に
ワークショップや連続ワーク、特別アレンジワークや
エンジェルギフトなどに力を入れています

そうした工夫をして、天使を身近に感じていく日常・練習・修練を積んでいく機会を
多く作るようにしています

スピリチュアルヒーリングをやり続けるのはむなしい難しいと考えるのか
スピリチュアルヒーリングをすることは工夫次第で意味と目的が明らかになっていくのだと考えるのか

ここがサロンの分かれ道なのかなと思います

私は自分も一人の未熟な人間として、
クライアントさんとともに天使と繋がる道を考え、作っていきたいと思います

ひとりでも多くの人が、ひとりでも多くのアースエンジェルが、
自分の魂の才能と目的を思い出して、それを活かしていくことを
ちょっとでも応援していければ、と思っています
その意思が強いために、サロンを続けていっています